生きていく上に不可欠な「食べる」という行為は、視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚という感覚を持って、食文化として大変重要な意味を持っています。
摂食から排泄までの食物の移動は、消化と言う言葉で語られますが、排泄が腹部感覚や肛門感覚など、きわめて個別的で他人と互いに共有できる要素が少ないため、トイレの文化はあっても表だった排泄の文化としては乏しく、むしろ悩み、苦しみといった病的な意味合いでしか話題とならないことが多いと思います。また排泄が量とその性状、時間という物差しで単純化して考えられることや、そのことを話題にする事を憚り、人知れず悩むという点も文化になりにくい面かも知れません。しかし排泄は食文化の下流を形成している重要な要素でもあり、人の生活を、はたまた心をも左右するほどの重要な役割を持っています。
さて排泄という生理現象は、頻回の下痢を一つの極と見れば、便秘はその対極をなす排泄頻度の一つの物差しで考えることができます。
その物差しのどこかに、個々のそれぞれの排便習慣があると言えましょう。しかし排泄はもっともっと人情味があって、日常の話題には不可欠なものです。しかもきわめて感情的で個性的でもあります。たとえば同じ排便回数、排泄量でありながら、気にもせず満足している人もあれば、不快感があり気になっていらいらする人もいます。また人生の一大事がごとく、便秘のことで頭がいっぱいになり、仕事もなにもかも手に付かなくなる人もいます。
他の病気(脊髄損傷、術後等)や寝たきりの人にはさらに深刻です。
便通異常の解決は病気としての便通改善とともに、排泄の満足と爽快感を満たさなければなりません。便秘を治療する場合は勿論のこと、個々の方が自分の便秘を理解して付き合うためにも、便秘のタイプを知る必要があります。
便秘の性質を大きく分ければ弛緩(ちかん)性の便秘と痙攣(けいれん)性の便秘があります。腸管の壁は円周方向と長軸方向の、二層の筋肉層から構成されており、これらが収縮と弛緩を繰り返して、複雑な運動を行って便を固形近くにしたり、溜めたり、送り出したりしています。チューブの中の歯磨きを押し出すイメージのかたが多くおられますが全く違います。ですから硬い便イコール便秘とはなりません。
緊張性便秘の典型的特徴は、ウサギや山羊の糞のようにコロコロの便が出ることです。
反対に弛緩性便秘の特徴は、高齢者に多くみられ、便意に乏しく、直腸に便が溜まって硬くなり、手で掻き出さなければならないのが典型です。実際にはこれほど明確に分けることはできません。
下剤もある程度タイプを考慮して造られていますが、大半は弛緩性便秘に対する薬剤がほとんどです。このことが便秘に対する誤解や、誤った薬の飲み方をしたりする原因を、症状とあいまって、作っているかも知れません。また便秘に悩む方では、「とにかく便が出ればこの苦しみから逃れられる」とばかりに、不適切な便秘薬の多用をしておられるかたもみられます。
便秘に伴う症状は、便が出ないというだけでお腹が張ったり、気持ちが悪かったり、食欲がなかったりするのではありません。こうした症状は、便だけ出てガスが大腸に残る場合、胃や小腸を含め、消化管全体の運動が悪い場合、消化不良を伴っている場合などで起こってきます。
治療に当たってはこれらを診断・分析していかなければ、見かけ上便秘が治っても症状が残ります。便秘のほとんどが通院することなく、市販薬で解決できていると思われますが、当院を受診される方のなかには自分で工夫してもなかなかよくならず、苦しみ抜いてから来られる方がおられます。症状、所見には老若男女及び個々に違いがあり、改善にも時間がかかりますが、症状をみながら治療薬を決めていきます。
治療困難なのは、大腸の一部は弛緩性で一部が痙攣性の便秘です。便が出ないため、弛緩性便秘用薬剤を服用しすぎてしまい、下部大腸の過緊張(けいれん)を招き、かえって便秘や腹痛を生じてしまいます。このような場合、市販の浣腸をされるかたもおられますが、よい効果は出ません。弛緩した上部大腸には効果的に、緊張した下部大腸には刺激とならないように、水(微温湯)を主体とした高位浣腸※を行うと、ほとんどの便秘が解決できます。
外科的には大腸を部分切除する方法や、高齢の方では便意の低下や肛門機能障害のために、排便コントロールがどうしても出来ない場合、手術で人工肛門をつける例もあります。
便秘は消化器症状において大きな比重を占め、日常生活そのものを不快にし、精神的に大きな影響を及ぼし、ありふれていても重大な病態といえましょう。
名誉院長 山崎雅彦
※高位浣腸:大量の微温湯などの液体を容器の中に入れ、そこから管を通して腸内に注入する浣腸の方法。液体の圧力を利用するため、普通の浣腸より奥まで腸内に溜まっている便を排出させることができる。